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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9501号 判決

原告 昭和信用株式会社

被告 田畑徹 外一名

主文

一  被告両名は、原告に対し、連帯して金一、二六四、七九四円および内金三〇〇、〇〇〇円に対する昭和四四年一一月一日から、内金九六四、七九四円に対する昭和四四年一一月二一日から、各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告両名の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告両名は、原告に対し、連帯して金一、二七九、三四〇円およびこれに対する昭和四四年一一月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告両名の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  増田一郎は、昭和四四年九月一七日、鈴木美代子の所有する別紙物件目録記載の土地および建物(以下「本件不動産」という。)につき、売買その他何ら実体上の権利変動がないのにもかかわらず、同女に無断でその印鑑を偽造したうえ、ほしいままに、同年同月九日付売買を原因として、同女から自己への所有権移転登記手続をした。

2  右所有権移転登記手続をするにあたり、増田一郎は登記済証に代えて保証書を用いたのであるが、その際、被告らは保証人として、登記義務者鈴木美代子の人違でないことを保証した(以下「本件保証」という。)。

3  本件保証をするにつき、被告らには次のような過失があつた。すなわち、

被告両名は、不動産登記法四四条所定の保証をするにあたり、登記義務者として登記の申請をする者が登記簿上の権利名義人と同一であることおよび登記申請がその意思に出でたることにつき善良なる管理者の注意をもつて確認すべきであるにもかかわらず、このような注意義務を怠り、登記義務者鈴木美代子につき、登記申請の意思があるか否かを確認することなく、慢然同女の了解を得ているとの増田一郎の言を軽信して保証をしたものである。

4(一)  その結果、原告は、本件不動産についてされた前記所有権移転登記が実体上の権利関係に符合するものであり、増田一郎が本件不動産の所有権者であると誤信して、昭和四四年一〇月九日、増田一郎との間に、貸主を原告、借主を増田一郎とする証書貸付等の契約ならびにこの契約に基づいて生ずる債権を担保するための、本件不動産を目的とする根抵当権設定契約(元本極度額金一、五〇〇、〇〇〇円、期限後の遅延損害金年三割)および代物弁済予約契約を締結した。

(二)  右約旨に副つて、同年一〇月一一日、本件不動産につき原告を権利者とする所有権移転請求権仮登記および根抵当権設定登記がなされた。

(三)  原告は、増田一郎に対し、前記証書貸付等の契約に基づいて、昭和四四年一〇月九日には金一、〇〇〇、〇〇〇円を、弁済期は同年一一月八日、利息は日歩四銭一厘、期限後は日歩八銭二厘の割合による損害金を支払うとの約定で、また同年一〇月三一日には金三〇〇、〇〇〇円を弁済期は同年一一月二〇日、利息は日歩四銭九厘、期限後は日歩九銭八厘の割合による損害金を支払うとの約定でそれぞれ貸し付けた。

5(一)  そうして、原告の増田一郎に対する前記債権(以下「本件債権」という。)は、いずれも回収不能になつた。すなわち、

債務者増田一郎は無資力であり、また現在刑務所に服役中であるばかりでなく、浦和地方裁判所昭和四四年(ワ)第七五一号不動産所有権移転登記等抹消登記手続請求事件につき、同裁判所が昭和四六年九月二九日に言渡した判決によつて、原告は、鈴木美代子に対し、原告を権利者とする前記所有権移転請求権仮登記および根抵当権設定登記の各抹消登記手続をすべきこととなつた。

(二)  このようにして本件債権の回収が不能となつたことにより、原告が蒙つた損害は次のとおりであり、その額は合計金一、二七九、三四〇円となる。

(1)  昭和四四年一〇月九日貸付の前記金一、〇〇〇、〇〇〇円の債権につき、損害額金九七六、四〇〇円。すなわち、

増田一郎は昭和四四年一一月一三日原告に対し金四〇、〇〇〇円を弁済したので、これを左記の(イ)利息、(ロ)遅延損害金および元本に充当すると、元本残額は金九七六、四〇〇円となる。

(イ) 昭和四四年一〇月一〇日から同年一一月八日(弁済期)までの三〇日間につき、約定利率日歩四銭一厘の割合による利息金一二、三〇〇円

(ロ) 昭和四四年一一月九日から同年一一月一三日までの五日間につき、約定利率日歩八銭二厘の割合による遅延損害金四、一〇〇円

(2)  昭和四四年一〇月三一日貸付の前記金三〇〇、〇〇〇円の債権につき、損害額金三〇二、九四〇円。すなわち、

右貸付元本とこれに対する昭和四四年一一月一日から同年一一月二〇日(弁済期)までの二〇日間につき、約定利率日歩四銭九厘の割合による利息金二、九四〇円との合計額は金三〇二、九四〇円である。

6  よつて、原告は、被告両名に対し、民法第七〇九条、第七一九条に基づき、連帯して右損害額合計金一、二七九、三四〇円およびこれに対する前記金三〇〇、〇〇〇円の債権の弁済期の翌日である昭和四四年一一月二一日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1および2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、被告両名が鈴木美代子につき登記申請の意思があるか否かを確認しなかつたことは認めるが、その余は争う。不動産登記法第四四条所定の保証とは、現に登記義務者として登記手続を申請する者が登記簿上権利者と表示されている者(したがつて、また、登記義務者と認められる者)と同一人であることを保証するをもつて足る趣旨であつて、被告両名のした保証も右趣旨に副つているばかりでなく、増田一郎と鈴木美代子とはかねてから内縁関係にあつたものであり、かつ、増田一郎が被告らのもとに保証書の作成を依頼に来た時には、鈴木美代子の実印、印鑑証明書、登記申請のための委任状、住民票等登記申請に必要な一切の書類を携えて来ていたのであるから、被告両名は同条の保証をするに当り一般人として尽すべき注意義務は十分尽したものというべく、これ以上さらに、鈴木美代子に対して登記申請の意思を直接確認すべきであつたとすることは、まさに一般人に対して不能を強いるものである。したがつて、被告両名には何ら過失はない。

3  請求原因4の事実は知らない。

4  同5のうち、(一)の事実は認めるが、(二)の事実は知らない。

三  抗弁

現行法のもとにおいては、登記には公信力がないのであるから、金融機関である原告としては、本件不動産の登記簿上の所有名義人である増田一郎との間で本件不動産を目的とする担保権設定契約を締結しようとするときには、すべからく同人が実体上真実の所有権者であるか否かにつき十分な調査をすべき義務があるにもかかわらず、これを怠つたのであるから、原告にも過失がある。

四  抗弁に対する認否

争う。原告には被告ら主張のような調査義務はなく、したがつて過失もない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実(増田一郎が不実の所有権移転登記手続をしたこと)および同2の事実(被告両名が登記義務者の人違でないことを保証したこと)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件保証をするにつき、被告らに過失があつたか否かを検討する。

1  被告両名が本件保証をするにあたり、直接登記義務者鈴木美代子に対し、登記申請の意思の有無を確認しなかつたことは、被告らも認めて争わないところであり、また、成立に争いのない甲第四号証の一、第一〇号証および証人田畑喜美子の証言を総合すれば、増田一郎と鈴木美代子とは昭和四二年ころから昭和四四年の夏ころまで同棲していたものであるが、被告田畑はその間の昭和四三年九月ころ鈴木美代子が本件不動産を他から購入した際その周旋をして、増田一郎および鈴木美代子の両名を知るに至つたこと、増田一郎は、昭和四四年九月ころ、被告田畑方に同被告を訪ね、当時他の男性のもとに走つた鈴木美代子を引き戻すための方便として、同女名義の本件不動産の登記を自己名義にしたい旨申し述べたうえ、形式的には同女の住民票、印鑑証明書、登記申請のための委任状等登記申請に必要な書類と認められるものを示して、本件保証を依頼したところ、被告田畑は、増田一郎に同情したためかこれに応じ、鈴木美代子に対して登記申請の意思を確認すべく電話をしたものの、同女が不在であつたために右確認ができなかつたにもかかわらず、安易に本件保証をし、被告肥沼も、隣人である被告田畑から依頼されて、本件保証をしたものであることが認められ、これに反する証拠はない。

2  ところで、不動産登記法第四四条にいう「登記義務者ノ人違ナキコト」の保証とは、単に当該申請にかかる登記についての登記義務者が何某であるということを保証することではなく(この点は、登記官が既存登記の登記名義人を一見すれば、ただちに判明することである。)、現に登記申請をする者が登記簿上登記義務者たるべき者と事実上同一人であることを保証することである。したがつて、保証人は、保証書の作成、交付にあたり、現に登記申請人として行動しようとしている者が登記簿上登記義務者たるべき者と同一人であるか否かを善良な管理者の注意をもつて確認する義務を負うものというべく、これをさらに詳述すれば、登記義務者と称する者本人が保証人のもとに保証書の作成を依頼に来たときは、その者が登記簿上登記義務者たるべき者その人であることを、また、その使者または代理人が保証人のもとに保証書の作成を依頼に来たときは、その本人なる者が登記簿上登記義務者たるべき者その人であることのほか、保証人の前にあらわれた使者または代理人が真実その本人なる者から保証書の作成依頼およびその受領をまかされているか否かを確認しなければならないものというべきである。このことは、不動産登記法が登記の申請にあたり原則として登記義務者の権利に関する登記済証の提出を求め、これによつて、申請者が手続上の登記義務者その人に違いないこと(当該申請が登記義務者の真意に出たものであること)を確かめ、もつて不実、無効の登記の発生を予防しようとしているところ、同法第四四条所定の保証書は、まさにかかる機能を有する登記済証に代り、これと同一の機能を果すよう期待されていることの当然の帰結である。

3  しかるに、1項において確定したところによれば、被告らは、鈴木美代子が増田一郎に対して本件保証書の作成依頼およびその受領をまかせたか否かを確認しなかつたことは明らかであるから、被告らは本件保証をするにあたり保証人として果すべき注意義務を怠つたものといわなければならない。

被告らは、この関係で、鈴木美代子と増田一郎とがかねてから内縁関係にあつたことを問題とするが、同人らは本件所有権移転登記については、それぞれ、売主と買主、登記義務者と登記権利者という対立当事者の立場にあつたのであるから、当時鈴木美代子がすでに他の男性の許に走つていたことを考慮の外においてもなお、内縁関係にあつたこと自体が被告らの注意義務を軽減するものでないことは、多言を用いるまでもなく明かである。

また、増田一郎が被告らのもとに保証書の作成を依頼に来た時、形式的には鈴木美代子の住民票、印鑑証明書、登記申請のための委任状等登記申請に必要な書類と認められるものを携えてきていたことは、前認定のとおりであるが、この事実も、被告らの過失についてさきにした判断を左右するに足る事情としえないことは、不動産登記法が、これら登記申請に必要な書類がそろつている場合にもなお不実、無効の登記が記入されるおそれあることを慮り、そのほかに登記済証または保証書の提出を要求している法意にてらし、明かなところといわねばならない。

三  成立に争いのない甲第三号証の一ないし三、第一〇号証、原告代表者本人尋問の結果により成立の認められる甲第六号証、第七、第八号証の各一、二および原告代表者本人尋問の結果によれば、請求原因4の事実(原告が、本件不動産の所有者は増田一郎であると誤信して、同人との間に証書貸付等の契約、根抵当権設定契約および代物弁済予約契約を締結したこと、右約旨に副う登記が記入されたことおよび原告が同人に対し二回にわたつて合計金一、三〇〇、〇〇〇円を貸し付けたこと)を認めることができ、これに反する証拠はなく、また、請求原因5(一)の事実(原告の増田一郎に対する本件債権は回収不能になつたこと)は、当事者間に争いがない。

四  以上の事実によれば、被告らは、原告が本件不動産の所有者を誤認した結果、本来なら融資するはずのない増田一郎に対して合計金一、三〇〇、〇〇〇円を貸し付けてしまい、しかもそれが回収不能になつたことにより蒙つた損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。

被告らはこの点につき、本件保証をする際には、増田一郎が原告から本件不動産を担保に融資をうけることなどゆめにも知らなかつたのであるから、本件保証行為と原告の損害との間には相当因果関係はない旨主張する。しかしながら、被告らが十分な確認をせずに保証書を作成交付することにより、増田一郎が不実の登記をすれば、かかる事情を知らない第三者が当該登記を実体関係に符合するものと信頼して同人と取引関係に入り、不測の損害をうけるであろうことは、見易きところであるから、かりに被告ら主張のような事情があつたとしても、これをもつて相当因果の関係を否定することは許されない。

五  そこで、原告が本来なら融資するはずのない増田一郎に対して合計金一、三〇〇、〇〇〇円を貸し付けてしまい、しかもそれが回収不能になつたことにより蒙つた損害の額について検討するに、原告は増田一郎に対して、(1) 昭和四四年一〇月九日に金一、〇〇〇、〇〇〇円を、(2) 同月三一日に金三〇〇、〇〇〇円を貸し付けたところ、同年一一月一三日に増田一郎から右(1) の貸金に対する返済として金四〇、〇〇〇円を受領したのみで、その余は全額回収不能になつたというのであるから、返済をうけた右金四〇、〇〇〇円のうち、金四、七九四円(但し、円未満切捨て)を右金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四四年一〇月一〇日から翌一一月一三日までの民事法定利率年五分の割合による同額の遅延損害金に充当し、その残額金三五、二〇六円を右金一、〇〇〇、〇〇〇円に充当すれば、被告らが原告に対して賠償すべき損害の額は、前記(1) の貸付については金九六四、七九四円、(2) の貸付については金三〇〇、〇〇〇円となる。

六  過失相殺の抗弁について

成立に争いのない甲第三号証の一ないし三および第五号証ならびに原告代表者本人尋問の結果を総合すれば原告代表者は、昭和四四年一〇月増田一郎から同人名義の本件不動産の登記簿謄本、登記済証等を提示されて、融資の依頼を受けたこと、そこで原告代表者は、増田一郎の住所地に赴き、同人が現に同所に居住していることを確認したこと、原告会社の従業員が、本件不動産の所在地に赴いて調査した結果、本件不動産の一である建物に増田一郎の名刺が貼付されているのが確認されたこと、また同従業員は、増田一郎名義の所有権移転登記の手続に関与した司法書士から、増田一郎が権利者である旨の確認を得たこと、そして原告は、かかる調査をしたうえ本件不動産につき根抵当権設定登記手続、所有権移転請求権仮登記手続をして、増田一郎に金員を貸し付けたことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、増田一郎に金員を貸し付けるにあたり、なすべき調査を尽くしたものということができるから、被告両名の原告にも過失があつた旨の主張は採用できない。

のみならず、被告らは、すでに確定したとおり、みずから不実の登記の現出に協力したものであるから、当該登記を信頼した者の過失をあげつらうことは穏当を欠くものというべく、かかる観点からも、被告らの右主張は理由がない。

七  そうすると、原告の本訴請求は、前記損害額金一、二六四、七九四円と内金三〇〇、〇〇〇円に対する損害を蒙つた日の翌日である昭和四四年一一月一日から、内金九六四、七九四円に対する損害を蒙つた日の後である昭和四四年一一月一二日から、それぞれ支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐久間重吉)

別紙 物件目録〈省略〉

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